加古歯科医院 院長によるブログです。
by saradental
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聖書
母が最期に伝えようとしたもの、残していったものは「聖書」かもしれない。
生存中は何も興味のなかった聖書。
マタイによる福音書 「思い煩うな」
私が悩んでいたときに母が教えてくれた教えだ。
このマタイによる福音書の中で「山上の説教」第7章が一番おもしろい。
神と金 私に言っているような物だ。
そういえば、母は生前お金にまつわる卑しい話を一切しなかった。
またこういう話を嫌った。何も語らなかったが、こんな教えからかもしれない。
母の死で私は目に見えない不思議な世界を確信した。
母よ、僕の生き方を見ていてくれ。
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by saradental | 2012-07-26 20:41
母逝く
ついに逝ってしまった。心の準備はしていたけどやはり辛い。
治る見込みのない病気に母も苦しんだであろう。
「まだもう少し」という人間としての期待と死への恐怖。
どれだけ母は耐えたことであろう。
「もう死にたい」苦悩の果てにたどりついた答えなのであろうが
周りにいる私たちにとってはとてもつらかった。
2011年1月10日(月)夜8時
母の魂が肉体から解放された時だ。
私は今回の事で、魂、未知なる世界を確信した。
沖縄にいた私を待った母。親族一同を迎えた母。
主治医でお世話になった龍華先生にお礼をいうために待った母。
そして病室を一時期外出した、兄、幸ちゃん、菜甫子、万里子、そして朝子を待った母。
私の仕事を考え休診することなく通夜、告別式を済ませた母。
病院ベットサイドで付きそそう父を気遣い、夜8時に逝った母。
すべてが偶然であろうか?ありえない。
すべて考えられ、どこかで見ながら進められたことだ。
私は確信した。この大いなるものの存在を。
そして私がこの世に何をしに来たのかも悟った。
私を生んでくれた母 治子。ありがとう。そしてさようなら。
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by saradental | 2012-07-25 22:30
母との会話
2010年 10月 未来が想像できる。もう、話したくても話せない、声が聞きたくても聞けない時を。もうすぐ来るとは思いつつ、心では否定している。
天国との電話回線が開通してない今、母と会う時間は何より優先される。本人は生きている意味がないという。しかし、家族にとってはまるで意味が違う。
生存していることが意味がある。
命とはそういうものなのだろう。おかあちゃん、まだ伝える事あるでしょ!
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by saradental | 2012-07-24 22:24
退院
2009 9月 母が今日、退院した。一時期はもう帰れないのでは、ホスピスを選ばなくては、と言うほどの症状でした。その母が、みんなに迎えられ帰ってきました。喜ぶ母は大はしゃぎ。でも、むせないし、咳き込まない。顔色もいいし、気も出ている。あとは落ちた筋肉をつければ日常生活は十分戻れそうだ。
今回、本当に多くの方々にお世話になりました。特に医療現場の医師、看護士の方々には、頭が下がる思いと、同じ医療従事者として多くを考えさせられました。本当にありがとうございました。
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by saradental | 2012-07-24 21:20
涙と言うのが、悲しみとは関係なく出てくると初めて分かった。
母の、肺がん末期が本日明言された。
予想はしていたが、現実として提示されたくなかった。
今できる事は、会える時に合いにいく事だけだ。
会いたくても会えない日が来る前に。
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by saradental | 2012-07-24 18:52
運命
今年はいいことがない。
6月にわかった兄の悪性リンパ腫、そして7月の突然の母の末期肺がんの告知
夢で見たあの光景がまさに現実化されていく。
『美裕、行くよ』という母の声。火遊びに興じる自分。
そして、ひとり置いてきぼりになり、遅れたとばかりに後を追ってもどこにもいない母と兄の姿。
道を間違えたと思い、分かれ道までもどり、後を追うがどこにもいない。
そんな夢が、現実となっていく。
涙しても、どうしようもない現実。魂は永遠。虚空でまた会えるとは思っても
どうしようもない感情が私を襲う。
どうぞ穏やかに時間が過ぎ行くように祈るばかりである。
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by saradental | 2012-07-23 18:17
入院
8月20日(木)入院した母を初めて見舞いにいった。看病される病人が見舞い客に気をつかっている。
相変わらずの母だ。息くるしさは本人しか分からないのだが、客観的な目では、胸水を抜いたせいで
楽になっているように見える。鼻には酸素、胸には胸水のドレーンのチューブ。いよいよ病人に見える。診察に行った父親と瑞穂の浜源へ行き、寿司を食べる。父親も、あんな、こんな事があり、あれほど好きだった寿司さえしばらく食べていなかったようだ。
帰りにサイド母を見舞い帰宅する。父と母には、私たちこどもでさえ分からない、あうんの息づかいと
意志の伝達があるようだ。「もうダメかもね」「もう少し、頑張れ。おれが先だぞ」「そんな事ばっか言って。不安だから近くにいてね」「わかっているよ」なんて言う心の会話が行われているようだ。
生老病死。すべてに意味を感じて味わいながら生きていきたい。
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by saradental | 2012-07-23 08:21